←subject : - 田坂 興道(au)「「囘囘館澤語語釋」補正」 東洋學報 33-3、4, pp.14, 1951年8月
- 「最近に於ける四夷館及び華夷譯語の研究」 東洋學報 33-3、4, pp.1, 1951年8月
- 山崎 忠(au)「甲種本華夷譯語の音譯漢字の研究」 天理大學學報 5, pp.26, 1951年9月
- 山崎 忠(au)「乙種本華夷譯語韃靼館來文の研究: 東洋文庫本」 日本文化 31, pp.30, 1951年12月
- 山崎 忠(au)「いわゆる甲種本華夷譯語の音譯漢字の研究」, 1952年2月 , pp.25
- 泉井 久之助(au)「百夷館譯語に於ける百夷の言語の聲調について」 言語研究 19、20, pp.12, 1951年12月
- 三田村 泰助(au)「暹羅譯語に就いて」 立命館文學 81, pp.11, 1952年2月
- 老香(au)「外來語考」 華僑文化 39、40, pp.4
- 梁上椿(au)「八重山諸島的象形文字和結繩算法」 大陸雜誌 4-1, pp.3, 1952年1月
- 濱田 敦(au)「日本寄語解讀試案」 人文研究 2-1, pp.41, 1951年1月
- 坂井 健一(au)「萬葉集に於ける漢語の研究:主として[忄可]恰について」 中國文化研究會會報 2-3, pp.9, 1952年1月
- 渡邊 實(au)「日華兩語の數詞の機能:助數詞と單位名」 國語國文 21-1, pp.13, 1952年1月
- 內田 道夫(au)「漢字・漢語に關する調查研究」 國立國語年報研究所 1, pp.11, 1951年3月
- 村尾 力(au)「漢語の性格とその功罪」 言語生活 12, 1952年8月
- 村田 穆(au)「當用漢字表を廢して基礎漢字表を作ろうという提案」 說林 3-8, pp.6, 1951年8月
- 大野 晉(au)「日本語と朝鮮語との語彙の比較についての小見」 國語と國文學 29-5, pp.12, 1952年5月
- 河野 六野(au)「朝鮮語學の意義」 朝鮮學會會報 3, pp.3, 1951年6月
- 河野 六郎(au)「中期朝鮮語の時稱體系に就て」 東洋學報 34-1至4, pp.25, 1952年3月
- 兼弘 正雄(au)「音聲記錄に見る朝鮮語の所謂"強音"について」 朝鮮學會會報 7, pp.3, 1951年10月
- 繆鉞(au)「北朝之朝卑語」 中國文化研究彙刊 10, pp.20, 1951年
- 河野 六郎(au)「諺文古文獻の聲點に就いて」 朝鮮學報 1, pp.48, 1951年5月
- 金澤 庄三郎(au)「諺文の起源について」 朝鮮學會會報 5, pp.1, 1951年8月
- 池上 二良(au)「滿洲語の諺文獻に關する一報告」 東洋學報 33-2, pp.12, 1950年12月
- 上原 久(au)「滿文「滿洲實錄」に現れた格助詞について」 埼玉大學紀要 2, pp.36, 1952年3月
- 山本 廉吾(au)「滿洲語文語の單語連結について:名詞・形容詞と動詞との連結」 言語研究 17、18, pp.14, 1951年3月
- 山本 守(au)「女眞譯語の研究」 神戶外大論叢 2-2, pp.16, 1951年7月
- 山路 廣明(au)「女眞說文考(一)-(三)」 言語集錄 1、2、3, pp.55
- 山路 廣明(au)「女眞語に於ける完全意字と不完全意字」 言語集錄 2, pp.14, 1952年7月
- 山路 廣明(au)「女眞語の十二支」 言語集錄 2, pp.10, 1952年7月
- 山路 廣明(au)「女眞語の十干」 言語集錄 3, pp.2, 1952年9月
- 村山 七郎(au)「吾妻鏡に見える女眞語について」 東洋學報 33-3、4, pp.3, 1951年8月
- 村上 七郎(au)「契丹文字解讀の方法」 言語研究 17、18, pp.38, 1951年3月
- 田村 實造(au)「契丹文字の發見から解讀まで:村山七郎「契丹文字解讀の方法」をよむ」 民族學研究 16-1, pp.3, 1951年8月
- 長田 夏樹(au)「契丹文字解讀の可能性:村山七郎氏の論文を讀みて」 神戶外大論叢 2-4, pp.27, 1951年12月
- 山路 廣明(au)「契丹語及び製字の研究:「日」字の音讀」 史觀 37, pp.3, 1952年6月
- 山路 廣明(au)「契丹語の研究」 言語集錄 1-3, pp.18
- 山路 廣明(au)「日本に於ける主なる契丹語の研究錄及びその批判(一)(二)」 言語集錄 3, pp.6, 1952年9月
- 山路 廣明(au)「契丹譯語」 言語集錄 2, pp.4, 1952年7月
- 山路 廣明(au)「宣懿皇后哀册文中に於ける變化語の區別について」 言語集錄 2, pp.2, 1952年7月
- 「宣懿皇后哀册文の漢譯」 言語集錄 3, pp.4, 1952年9月
- 村山 七郎(au)「元朝祕史の-sに終るConverbum」 言語研究 19、20, pp.17, 1951年12月
- 紫田 武(au)「A material for the Study of Tangut Language」 言語研究 19、20, pp.9, 1951年12月
- 野村 正良(au)「Supplementary Notes and Additions to Remarks on the Diphthong〔Wa〕in tha Kharachin Dialect of the Mongol Language」 言語研究 7、18, pp.7, 1951年3月
- 小澤(au)「アルタイ語學(特に蒙古語學)研究の現狀」 東京外國語大學論集 1, pp.1, 1951年11月
- 服部 四郎(au)「蒙古語チヤハル方言の音韻體系」 言語研究 19、20, pp.35, 1951年12月
- 村山 七郎(au)「ォロンスム出土の蒙古語文語の一單語について」 アジア言語研究 2, 1951年
- 棈松 源一(au)「新文字による外蒙古國語文典の特徵と從來の古典との比較」 大阪外國語大學學報 1, 1952年5月
- 長田 夏樹(au)「十二世紀に於ける蒙古諸部族の言語:Mongolo-TurecaⅡ」 東方學 5, pp.14, 1952年12月
- 張永言譯「古藏語中的濁破裂音與濁塞擦音:Dragunov」 中國文化研究彙刊 10, pp.11, 1951年
- 稻葉 正就(au)「西藏文法學に於ける印度文法引證の一例」 印度學佛教學研究 1-1, pp.7, 1952年7月
- 田中 克己(au)「インドネシア語派の身體呼稱」 滋賀縣立短期大學雜誌(B) 1-1, pp.12, 1951年3月
- 金澤 庄三郎(au)「二中歷の研究」 東方學 3, pp.9, 1952年1月
- 關本 至(au)「サンスクリツトとムンダー語:Kuiper氏の著者をぬぐつこ」 天理大學學報 5, pp.7, 1951年9月
- 伊原 照蓮(au)「タツトヷサムグラハに於けるアポーハ說について」 文化 15-1, pp.16, 1951年1月
- 山路 廣明(au)「オリアー語の紹介(一):及びそのドラヴイダ性について」 言語集錄 3, pp.12, 1952年9月
- 柴田 武(au)「チユルク語の母音調和」 言語研究 21, pp.27, 1952年3月
- 山路 廣明(au)「アラビヤ語のtriliteralism と biliteralism」 言語集錄 1, pp.4, 1952年5月
- 山路 廣明(au)「アラビヤ語語根辭典」 言語集錄 1, pp.18, 1952年5月
- 德永 康元(au)「近年のウラル語學關係書」 言語研究 19、20, pp.4, 1951年12月
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