←creator/name : - 牛島 德次(au)「漢文教育と中國語教育」 中國語雜誌 3-2, pp.5, 1948年9月
- 牛島 德次(au)「漢語の構文」 東京支那學會報 4, pp.1, 1950年3月
- 牛島 德次(au)「「有來」について(中)(三)」 中國語雜誌 3-1, pp.4, 1948年2月
- 牛島 德次(au)「漢文法の研究方法について」 漢文學會會報 14, pp.32-35, 1953年6月
- 牛島 德次(au)「漢語の受動表現について」, 1953年10月 , pp.349-372
- 牛島 德次(au)「助字考:宋代以前」 東京教育大學文學部紀要 7, pp.1-69, 1956年2月
- 牛島 德次(au)「漢文法(二三)(二四)(二五)(二六)」
- 牛島 德次(au) (review) 漢文教室 33, pp.39, 1957年11月
- 牛島 德次(au)「漢字の檢索法」 漢文教室 36, pp.44-56, 1958年5月
- 牛島 德次(au)「「馬氏文通」から「漢語」まで」 漢文教室 34, pp.14-21, 1958年1月
- 牛島 德次(au)「中國語の「文節」について」 中國語學 78, pp.10-14, 1958年9月
- 牛島 德次(au)「「開開」は重疊形式か?」 中國語學 70, pp.6-9, 1958年1月
- 牛島 德次編「中國語基本三〇〇〇語─段階式配列─」, 1958年9月
- 牛島 德次(au) (review) 漢文教室 38, pp.28─31, 1958年9月
- 牛島 德次(au)「現代北京語における可能を表す補語について」 漢文學會會報 18, pp.30-27, 1959年6月
- 牛島 德次(au)「初中課本《漢語》の介詞結構に關する一つの疑問」 中國語學 93, pp.9-12, 1959年12月
- 牛島 德次(au)「望月八十吉氏の「史記の『所』」を讀んで」 中國語學研究集刊 1, pp.61-66, 1959年4月
- 牛島 德次(au)「「所」と「所以」について」 中國語學 84, pp.14-18, 1959年3月
- 牛島 德次(au)「「續」鄙諺について」 漢文教室 47, pp.34-38, 1960年3月
- 牛島 德次(au)「古代語法の研究方法に關する一私見-漢書とその性を基として-」 中國語學 104, pp.3-7, 1960年11月
- 牛島 德次(au)「「何以爲」の「爲」について」 中國語學 115, pp.4-11, 1961年11月
- 牛島 德次(au)「北京語における文の基本構造」 中國語學 119, pp.1─6, 1962年4月
- 牛島 德次(au)「史記·漢書の數詞」 中國語文 125, pp.11─15, 1962年7月
- 牛島 德次(au)「動量詞の"番" について」 中國語學 130, pp.15, 1963年5月
- 牛島 德次(au)「史記存疑札記」 漢文學會會報 23, pp.1~4, 1964年6月
- 牛島 德次(au)「古代漢語の「雙賓語」について」 中國語學 139, pp.1~6, 1964年3月
- 牛島 德次(au)「古代漢語の人稱と稱呼」 中國語學 151, pp.3~18, 1965年6月
- 牛島 德次(au)「中古漢語の人稱と稱呼」 中國語學 159, pp.1~3
- 牛島 德次(au)「中古漢語の質疑文」 中國語學 173, pp.1~6, 1967年8月
- 牛島 德次(au)「文法研究の略史」 , pp.198~202
- 牛島 德次(au)「古典語の語法」 , pp.203~238
- 牛島 德次編 香坂 順一編 藤堂 明保編「中國文化叢書(1)言語」, 1967年11月
- 牛島 德次(au)「漢語文法論(古代編)」
- 牛島 德次編 香坂 順一編 藤堂 明保編「中國文化叢書 (1) 言語」, 1967年11月
- 牛島 德次(au)「漢語文法論-中古編」, 1971年10月
- 牛島 德次(au)「北京語の"數量補語"」, 1972年12月 , pp.
- 牛島 德次(au)「漢語文法論─古代編·中古編」
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